2008年11月05日

あるブログを見ててふと思うんですが、

ゴミと作品の違いってなんでしょう?
アートってなんでしょう?


以下ちょっと独自の批判っていうか、まぁそんなのがあるので、
裏ブログに書いてます、気にせずに。



自分には、ただのガラクタの寄せ集めにしか見えない物が、
彼らには、アートとして映っている。

自分もアートとして、芸術として捉えてみようとしてみるんですが、
ただの落書き、ガラクタorゴミにしか見えないのだ。

落書きなんてその辺にあるし、ガラクタならゴミ捨て場でも行けばいいじゃないか、と思ってしまうのだ。

うーむ・・・


で、もう一点。
なんと、読者の皆さんもアートを感じ取ってるようなんです。
自分だけなの?
うーん、本当にそう思ってるのかよ、と疑ってしまうんですよ。

なんというか、コミュニケーション能力ばかり高い人たちの集うブログはつまらない、とでも言うのかな。
コメントとかたくさんついてるのに、みんなして筆者を誉めて、
肯定したりさ、わかったフリしちゃってさ。

例えば、「学校がつらくて泣いちゃいました><」
みたいなエントリがあったとしますよ。
で、「自分も結構泣くよ、今は辛いかもしれないけどがんばろう。」とかさ
「いつか笑える日が来るよ。」「辛い経験で人は成長するんだよ!」とかさ。

で、決まって「皆さんの優しいコメントのおかげで元気になりました」
みたいなエントリがその後できるんだぜ、まじで。

自分は思うんですよ。

これは、茶番劇ですか?
いったいこの人たちは何を守ろうとしてるんだろう、とね。

だってそうでしょ、こんなの出来レースですよ。気休めですよ。何も生み出しませんよ。

とまぁ、そんな感じなんです。
自分には、そのブログのコメント欄が何かの劇場に見えてしまって、
冷めた目で、作品を見てしまうため、アートと思えないのかもしれません。


で、もうひとつ。
そのブログを見ててつくづく思うのが、
積上げた砂山はある程度の高さになったら、平にしないとダメだってこと。
もっと高いところで見たい、砂山を頂上まで登りたい、
という気持ちはわかります、わかるんですが、ちゃんとわかってください。
今上ってる砂山は淡いものだと。
すぐに崩れてなくなってしまうかもしれないと。
崩れるだけでなく、奈落の底まで落ちてしまうかもしれないと。

だから、平らにしないとね、山があったら走りまわれないじゃないか。
そんな中ではいいものは作れないと思うんです。

でもね、もう忘れちゃってるんですよ、今登ってるのが砂山だってこと。
「お前の登ってるのは所詮砂山なんだよ、調子に乗るな!」って
コメントがいくつかあったんですが、
「うるさいな、高いところの景色を知らないやつにはわかるわけないだろ!」って返信でした。

そして、常連さんたちも、言えないんでしょう。
だって所詮馴れ合いですから、関係の悪化を恐れて、気をつかったコメント。

でも仕方ないんです。
思ったことを言うためにはの孤独への覚悟が必要ですから。

無論、自分にはそんな覚悟はないし、
今何を言っても効果がないのを知ってるから言わない。

砂山をどのくらい上り続けられるのか、
崩れて地面に叩きつけられたときのショックとはどんなものかをひっそりと見たいと思います。
悪趣味ですね(笑)


そんな、面と向かって批判できない人の戯言でした。
意味不明な記事ですね。
そしてこの前抽象表現は大嫌いと言ってたくせに、
抽象的なこと書いてるし笑
posted by 藤 at 22:38| Comment(30) | TrackBack(0) | 普通の日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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